1年前の風景

書いて1年経ってから公開しています

爪と目

読みました。

 

爪と目

爪と目

 


表題作含め三作収録。表題作が一番良かったです。
無機質な文体で父の不倫相手から継母になった「あなた」を幼稚園児の「わたし」の目線から語る物語です。幼稚園児の「わたし」は、物語の中の登場人物としては実の母を喪失したショックからなのかいつも爪を噛む癖のあるイノセントな存在であるのに、”語り”の部分では登場人物たちを超越した存在として、語り口はどこまでも冷静で明晰な大人の口調であり、「わたし」を通じて「あなた」たち登場人物の行動や心情が語られます。

 

家族の物語を書いている小説なのに、読んでいる最中は無機質で、透明で、そして冷たい印象を抱きます。それは一つにモノローグにおける「わたし」と登場人物の幼稚園児の「わたし」の強烈なギャップによるものでしょう。この構造は非常に強烈で、登場人物としての「わたし」の幼さ、未熟さがモノローグの「わたし」の語り口の冷徹さ双方が際立って読み手に印象付けられました。

それだけでなく「あなた」もまた、「わたし」以上に無機質で冷たい存在です。物語で起きる不倫、不倫相手の妻の死、継子の育児、全ての事象に対してただ流されるままにその場の感情や思い付きともとれるような行動をとりながら、誰に対しても共感をもたず、何も感じることがない。それでいてある瞬間には積極的ともとれる不倫を、ある瞬間には前妻の趣味の模倣を、何かにとりつかれたようにおこなう「あなた」は危うい存在で、物語を通じて夫のことも幼稚園児の「わたし」のことも猫か犬かのような思いしか抱かない冷たい人物に映りました。

 

そして物語終盤、「わたし」と「あなた」を取り巻く冷たい危うさは唐突に「痛み」をもって終わります。不穏さ、危うさの象徴であった「あなた」のコンタクトレンズのゴロゴロとした感覚、「わたし」の爪を噛む癖以外にまったくなかった登場人物たちの感覚がなかった世界での「痛み」は強烈で読了後に読み手の私たちにも痛みを突き刺します。物語を通した冷たさと最後の痛みのギャップの感性が独特で、面白かったです。